『Tell Me Why』のオーディオ日記パート1 アンビエンスとボイスオーバー

ゲームオーディオ / サウンドデザイン

『Tell Me Why』は‪DONTNODが開発し、Xbox Games Studiosがパブリッシュしたシングルプレイヤーのナレーティブアドベンチャーゲームで、Xboxコンソール、Windows 10、Steamで提供中です。

この秘密めいたミステリーでは、ロナン家の双子のタイラーとアリソンが再開し、特別な絆を使って、愛情はあったものの、問題の多かった子供時代の謎を解き明かしていきます。アラスカの架空の町デロスクロッシングが舞台の『Tell Me Why』では、実際にいそうな気になる住民たちが出演し、奥深いテーマが繰り広げられます。プレイヤーは、過去の記憶に触れながら、双子タイラーとアリソンの特別な絆を左右するような選択をしながら、彼らのの未来を形づくっていきます。 

『Tell Me Why』でプレイできる2人のキャラクターのうち、一人がタイラー・ロナンです。アリソンの一卵性双生児のきょうだいで、21歳のトランスジェンダー男性です。DONTNODとXbox Studios Publishingは、タイラーのジェンダー表現を必ず有意義なものにしたい、と考えました。私たちは『Tell Me Why』の開発初期の段階から、GLAADと緊密に連携し、タイラーを若いトランスジェンダー男性として的確に表現できるように努力し、より多くの人がプレイしたいと思うようなインクルーシブなゲーミングエクスペリエンスの開発を目指しました。GLAADはとても協力的なパートナーになってくれ、台本の構成やキャスティングだけでなく、LGBTQ+コミュニティーに働きかける際にも手伝ってくれました。

『Tell Me Why』には数多くの素晴らしいキャラクターが脇役として出演し、一人ひとりがアラスカの片田舎との独特なつながりを持っています。トリンギット族の人が2人、『Tell Me Why』に登場します。一人はアリソンの同僚で親友のマイケル・アビラ。もう一人はデロス・クロッシングの警察署長エディ・ブラウン。

技術的な話としては、『Tell Me Why』はUnreal Engine 4.22とWwise 2019.1.4で開発しました。 

また、Dontnodが独自開発したオーディオ機能やカスタムツールとしては、アンビエンスと伝播のシステム、シーケンサーの改善、Wwiseのカスタムプラグインなどがあります。

オーディオチームを構成したのは、Victoria Guillon(サウンドデザイナー)、Robin Richard(サウンドデザイナー)、Kélian Holstein(オーディオプログラマー)、Corentin Séchet(オーディオプログラマー)、Mathieu Fiorentini(サウンドデザイナー)、そしてLouis Martin(オーディオリード)の6人です。 

ほかにも、Frederic Devanlay(Big Wheels Studio / Red Libraries)がオーディオアセットを作成し、Ryan Lottがオリジナルミュージックを作曲しました。

アンビエンスとアーティスティックな方向性

アラスカ訪問 

オーディオチームにとっての大きな課題の一つは、オーディオの観点から、ゲームの素晴らしい設定を探ることでした。幸運にも2018年9月に、Dontnodの開発チームのゲームディレクター、ナレーティブディレクター、アート環境のリーダー 、そしてオーディオのリーダーが、Microsoftと共に現地を訪れることができました。私たちは、デロスクロッシングというまちのモデルとなったジュノーとフーナーで、2週間過ごしました。アラスカへの訪問は、特にオーディオチームにとってまたとない機会となりました。どの場所にも必ず独自の音の「アイデンティティ」がありますが、それは植生や野生動物や、人間の活動に基づいています。場所には、耳で分かる特徴があり、例えばニューヨークであれば、それは消防車のサイレンです。場所の雰囲気をゲームに取り込むには、その場所を経験することが不可欠でした。 

私たちはジュノーとフーナーに完全に入り込み、市長や組合や地元の警察など、多くの人と出会いました。住宅地や、森の中や、湖のほとりなど、時間をかけて様々な場所を散策しました。数日ではなく、2週間も過ごせたので、場所の雰囲気を感じ取る余裕がありました。 

時間をかけて、フィールドでレコーディングしました。どちらかというと、高品質なサウンドバンクを作成することよりも、参考となる音を持ち帰ることが目的でした。また、時間をかけて耳をすませて音をきいたり、環境の音についてメモをとったりしました。 

私たちが『Tell Me Why』のオーディオで、どのような芸術的な方向性を追求するのかを定義することが重要で、特にゲーム内のアンビエンスづくりに、それは大事でした。例えば、アラスカのこの地域では、自然がとても静かです。私たちは、きっと動物の音がたくさん聞こえて、濃密で豊かな自然の音がするのだろう、と考えていました。実際はその逆で、「空気の音色」が静かなので、ディテールが聞き取りやすく、森の中では鳥の鳴き声ひとつ、物音ひとつ聞き逃しません。それがなんとも不思議な感覚をもたらすのです。そこで、ゲームでは、とくにロナンの家の周りに、あえて控えめで平和なアンビエンスをつくりました。 

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また、その環境において何が最も象徴的な音なのかを理解し、サウンドスケープの個性を経験することも大切でした。 

ジュノーとフーナに行くには、アラスカ南部のほかの多くの町と同様、船と飛行機が唯一の手段でした。車が役に立つのは、近場の短距離の移動だけです。港や高速道路を離れてしまえば、音環境がとても静かだということに気付きます。近くのかすかな音を聞き取るのも簡単で、とても遠くにある音も、聞こえてきます。 

現地に到着してから数日たったとき、私たちはこの地域の音環境を形成しているのが、まさしく船や水上飛行機だということを理解しました。例えば、私たちが聞いた音の中で一番象徴的だったのは、水上飛行機のエンジン音です。ジュノーでは毎日、何機も離陸したり着陸したりしていました。地元の小型漁船もサウンドスケープで重要な役割を果たします。滅多にうるさくならない環境なので、とても遠くから、漁船がやってくるのが分かります。最初はとても拡散したエンジン音で、これが徐々に明瞭になってきます。また、広くて開放的な環境のなかで音が響くので、自然による残響や遅延、そしてティンバーやフィルターのエフェクトも、多くあります。 

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ボイスオーバー  

声優のキャスティング 

Tyler

Tyler

ほとんどの場合、ボイスオーバー(VO)の声優を決めるのは、声のカラーやピッチが合っているか、または演技が合っているか、ということです。また、コラボレーションするのにぴったりの人を探すことにもなります。 

ところが『Tell Me Why』では、違いました。タイラーはトランスジェンダーの男性で、トランスジェンダーとしての経験を正直に語るので、彼の役にはトランスジェンダーの声優が必要でした。タイラーをトランスジェンダーの男性にすることを決めた瞬間から、私たちは、タイラーと同じような経験をした声優を見つけたいと考えました。このキャラクターを演じる声優がタイラーに親近感を持ち、タイラーの人生に共感できることが必要不可欠でした。 

私たちは若いトランスジェンダーの男性を思いやりのあるかたちで描写したいと思い、タイラーの作成当初からGLAADと連携しました。 そのおかげで、私たちは「トランスジェンダー」や「LGBTQ+」のコミュニティを、これまでメディアがどのように取り上げてきたかを学ぶことができ、同じ間違いを防ぐのに大変貴重な情報でした。コミュニティーの沢山の人たちに出会える機会も作ってくれました。キャスティングの過程で、多くの素晴らしい人材に出会いました。また、業界の標準キャスティングツールの体系的な問題のため、トランスジェンダーの俳優が役を見つけるのに苦労していることを知りました。だからこそ、トランスジェンダーの俳優をタイラー役にすることが大事だったのです。業界とキャスティングの過程がステレオタイプ化ているために、チャンスが回ってこない優秀な俳優に、機会を与えたかったのです。 

特に、私たちのキャスティングディレクターがタイラー役の声優としてオーガストを見つけることができたのは、GLAADと緊密に連携したおかげです。 今までにないほど深入りしたキャスティング行程でしたが、最終的に見つけたオーガストの演技には、独特の誠実さ、繊細さ、そして強さがあります。 オーガストは、このキャラクターの大事なインスピレーションにもなってくれ、ちょうど良いトーンを見つけることができ、タイラーの話し方や、ほかの人とのかかわり方についても、助けてくれました。 

こうしてオーガスト・エイデン・ブラック(August Aiden Black)は、クリエイティブチームにとって欠かせないメンバーとなりました。私たちは彼の人生やトランジションについて、様々な面を知ることができて幸いでした。彼がなんでも躊躇なく好きなことを話せることが、大事でした。もし台詞や、キャラクターの一面が、オーガストにとって信ぴょう性がないと感じられたとしたら、それはタイラーにとっても同じはずです。 

トリンギットのコミュニティ 

同じ理由で、トリンギット族のキャラクターについても、トリンギットの声優のキャスティングに決めました。ストーリーは架空のアラスカ南部の町であるデロスクロッシングで展開され、トリンギット族のキャラクターも登場するので、必ず、彼らの文化を正しく尊重を込めて表現したいと考えていました。 

私たちはフランスのスタジオなので、現地のエッセンスを感じ取るために、ジュノーとフーナに行くことが不可欠でした。アラスカのトリンギット族を代表する組織であるHuna Heritage Foundationと連携しました。現地を訪れたとき、Huna Heritage Foundationのアメリア・ウィルソン(Amelia Wilson)氏は、私たちが島々を訪れて、トリンギットのコミュニティの方々と会い、私たちのストーリーやキャラクターについて意見を聞くことができるように手伝ってくれました。 

声優のキャスティングでも、この財団に大変お世話になりました。マイケルの声優としてフォレスト・グッドラック(Forrest Goodluck)、エディの声優としてマーティン・センスマイヤー(Martin Sensmeier)を起用しました。 

ボイスオーバーのレコーディング 

VORecordingTellMeWhy

1-マイク選定とテスト 

ボイスオーバーのレコーディングセッションを始める前に 、エリカやオーガストの音声を使って、いくつかのマイクをテストして、ゲームに一番欲しい音色を実現できるマイクを探しました。ポストプロダクションで声のカラーや音色を調整することも可能ですが、事前に準備することのメリットがいくつかあります。 

  • 適切なマイクを選んだ方が、ポストプロダクションでEQを加えるよりも、透明性があります。 
  • ポストプロダクション時間が、多少短くなります。納品されるオーディオファイルのカラーが、最終的なものに閉じているので、ゲームにインテグレートされ次第、私たちに届きます。 

例えば、Side LA推奨のデフォルトのマイクはSennheiser MKH-416です。ところが音声の存在感と攻撃性が大きくなり過ぎる傾向があったので、最終的にNeumann TLM-170を選びました。カラーがもっとソフトで、このプロジェクトに合っていました。 
オーガストとエリカのオーディオサンプル Sennheiser MKH-416: 

 

オーガストとエリカのオーディオサンプル  Neumann TLM-170 : 

 

2-マイク位置 

レコーディング中にマイクの位置をどこにするかも、検討を要した重要なパラメータでした。 

ほとんどの場合、大きなボイスのレコーディングにはマイクを遠くに、小さなボイスにはマイクを近くに置きます。ただし演技の違いによってマイクの距離をあまり変えてしまうと、音声の音色だけでなくダイナミック性にも不一致が生まれてしまう傾向があります。『Tell Me Why』のようなストーリー系ゲームでは、プレイヤーの没入感に悪影響があり、気になってしまいます。 

私たちは、ウェットシグナルが多すぎるなどの音響的な問題がない限り、常に一定の距離を保つことを推奨しました。その方がカラーが安定し、近接効果という、いざ削除しようとしても難しいエフェクトを、削減してくれます。また、全体的なダイナミック性を制御する必要があるのですが、少し減らしてくれます。 

DualMicSetup_TellmeWhy

3-ボイスオーバーのレコーディング中に、モーションキャプチャ動画を使用。 

DontNodのこれまでのゲームではモーションキャプチャの撮影とボイスオーバーのレコーディングは独立して行い、モーションキャプチャをボイスオーバーの収録より先に行い、それぞれ俳優が違いました。ボイスオーバーの観点から言うと、その方が柔軟性が高く、私たちは自由に声優を決めてボイスディレクターも選ぶことができました。レコーディングセッションも、完全にコントロールすることができ、ペースも再収録も自由でしたが、難点は、モーションキャプチャとボイスオーバーのクリエイティブな方向性を統一する必要があることです。まず、主要な関係者(ゲームディレクター、シネマティックディレクター、ナレーションチームなど)が、モーションキャプチャとボイスオーバーの両方の準備と収録に関与することになります。これで声優とモーションキャプチャの俳優を、同じ意図に基づいて監督できます。ストーリーの観点で、どちらも、同じ感情を表現できます。ところが、いざゲームに実装したときに、多くの場合、両者が完全に一致することを保障できませんでした。台詞や目的とは別に、声優は、状況の背景やペースなどを知る必要があるので、だからこそモーションキャプチャの動画をボイスオーバーのレコーディングセッションに活用するのです。ボイスオーバーの声優がボディーランゲージを見て、演技の強度加減に重要となるモーションキャプチャの俳優同士の距離を見て、演技の正確なタイミングを知ることができます。 

動画をADR用に使ったこともあり、例えばタイミングが難しいときや、具体的な体の動きに関連したときなどです。ただ、大変時間のかかる作業です。多くの声優は、その場面の感覚をつかむために動画を見るだけで、そのあと、自由にレコーディングしました。ボイスオーバーセッション中に、解釈の範囲を一定に維持する方法でした。モーションキャプチャ中の内容だけに制限されず、声優の演技で、さらに良くしようとします。  

4-ポストプロダクション 

ボイスオーバーのポストプロダクションは2段階に分かれていました。 

最初の段階は、レコーディングスタジオのSIDE LAが担当しました。ボリュームがある程度一定しているオーディオファイルを受領し、ゲームプロダクション中にすぐ使えるようにすることが重要である一方、ミキシングする前に私たちが最終的な処理を行える程度に、ダイナミック性も必要でした。そこで、私たちはスタジオに推奨事項やガイドラインを提示しました。大まかに言うと、平均-25 LUFSのバッチファイルを送るように指示し、ダイナミック性が失われるような個別のノーマリゼーションは行わず、軽く圧縮して少しだけダイナミックレンジを減らすようにしてもらいました。 

-次の段階は、DontNodが行いました。まずオーディオファイルの欠陥を取り除くためのテクニカルパスを行いました。 

-次に各キャラクターのボイスカラーを調整しました。EQをもちろん使い、場合によって音色マッチングもしました。特によく使ったのはdeEsserで、ほとんどの場合、音声がかなり攻撃的だったからです。 

-それから、最終的な圧縮パスを適用しました。キャラクターごとのプリセットに基づいたものです。ただしミキシングに合わせてある程度の調整が必要となり、一部は音楽無しでとても静かで、ほかの部分は逆に非常に濃厚でした。また、この最終的な圧縮を、その時の状況に合わせ、音声のダイナミックレンジを調整して聞き取れるようにする必要がありました。これは、ナレーションを伴うゲームで最も重要なことですが、台詞は必ず聞き取れるようにして、ボリュームも一定にします。次に大事なことは、演技を通して感情を表すことです。そして圧縮しすぎてしまう、つまりダイナミックレンジをあまりにも抑えてしまうと、コントラストや微妙な変化が失われてしまい、結局はボイスオーバーの演技が鈍くなります。  

私たちのオーディオ日記、次回はオリジナルミュージックの制作過程についてです。コンポーザーの選定から、ゲームのミュージックインテグレーションまでを説明します。  


Mathieu_cercle

 

マテュー・フィオレンティーニ(MATHIEU FIORENTINI)
サウンドデザイナー | Tell Me Why
DONTNOD

フランス人サウンドデザイナー。ビデオゲーム業界歴12年以上。最近のタイトルは『Tell Me Why』『 Watch Dogs Legion』『 Detroit Become Human』など。ISART Digitalで、WwiseとAbleton Liveを教える。

soundcloud.com/yakiemusic

 

ルイ・マルタン(Louis Martin)

オーディオリード | Tell Me Why

DONTNOD

ルイ・マルタン(Louis Martin)

オーディオリード | Tell Me Why

DONTNOD

ビデオゲーム業界歴13年。DONTNODのオーディオリードとして『Remember Me』『Life is Strange』『Vampyr』、そして最近では『Tell Me Why』に携わる。前職Ubisoftでは、オーディオデザイナーとして『Ghost Recon Future Soldier』などのプロジェクトに関わる。

https://soundcloud.com/hellooomister

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