『Seashell』の音楽とオーディオ要素

ゲームオーディオ

レヴィ・ボンドと申します。私は同僚2人とdBXY Collectiveという名でゲームオーディオを制作しており、最近はデベロッパチームHigh Tea Frogの心落ち着く新作『Seashell』に協力しました。私たちにとっていままでになく動的なプロジェクトへのアプローチの仕方と、Wwiseツールでプレイヤーエクスペリエンスを強化させた方法を、簡単にご紹介したいと思います。

私たちが初期の考案段階で最初に感じたのは、このゲームに固定サウンドトラックをもたせたくない、つまり終始再生される予測できそうなループのオーディオ要素は回避したいということでした。実はこれは比較的珍しいアプローチであり、私自身もゲームオーディオの制作においてこれほど明確にダイナミックな方式を検討したことはありませんでした。プレイヤーがゲーム内のすべてのオーディオに影響を与え、まるでゲームをプレイするだけでサウンドトラックを演奏しているかのようにしたかったのです。これが私たちのゆるぎない価値観となりましたが、デベロッパチームは興味深いポイントを提示しました。プレイヤーがゲームをアイドリング状態にしてバックグランドで放置させた時、自動的に再生されるリラックスできる音場を保ちたいということでした(プレイしなくても眠りにつけそうな音が聞こえてくるように)。ここで私たちは明らかに「インタラクションゆえのオーディオ」というアプローチを改める必要がありましたが、オーディオに変化を持たせるというアイデアは残すつもりでした。
以下のような異なるオーディオ要素がいくつか必要であることに、私たちは気がつきました:

  • プレイヤーの操作に関わらず再生される、音楽的なもの(デベロッパ側の要求 上記参照)
  • プレイヤーの操作に対して再生される、音楽的なもの(動的な要素の追加、元々のアイデア)
  • 音楽とは違う、ダイアジェティック音を表現するもの(主にパディング用)

これらの目的で、以下のような要素を実際にゲームに取り入れました:

  • ランダマイズされたパッドコード
  • 操作があった時に再生されるメロディー的なUIサウンド
  • ダイアジェティックアンビエンス(波の音)

それでは各要素について簡単に説明してから全体をまとめたいと思います。最初にご紹介するのはランダマイズされたパッドコード。

プレイヤーが操作をしなくても流れ続けるリラックスミュージックが欲しいというデベロッパ側の要求に従い、Ebのキーで6種類ほどの和音を作成しました。これらの和音はスローアタックでロングリリースのパッドシンセの音色(確かNI MassiveサウンドとLogic Proの内臓ES2シンセの組み合わせ)として再生されます。同じ和音の展開形も利用してバリエーションを増やした上、重要ポイントとしてプレイヤーがジャーナルビューにいる時とビーチビューにいる時の音色を完全に変えました。ビーチでは明るい和音のサウンドを使い、ジャーナルでは和音の存在感を薄くし、優しいローパスフィルターを適用しました。各和音サウンドを個別に専用オーディオファイルにエクスポートし、それらのファイルをWwiseのランダムコンテナに入れ、Play ModeをContinuous、Loopを無限に設定し、TransitionsオプションのTriggerレートを6.5秒ほどにするという仕組みです。その結果ゲーム中にゆったりとしたフリーフォームの楽曲が流れ、和音の順番が同じになることがほぼありません。長さの異なる無音のファイルも同じランダムコンテナに3種類ほどエクスポートし、それぞれの確率を調整し、和音と和音の間のギャップも常に変化するようにしました。ジャーナルビューのソフトな和音についても同じ手順で行い、トリガーされると独自の順番で再生される2つのランダムコンテナができあがりました。2つのコンテナ間のトランジションがゲーム中に自然に聞こえるよう、慎重に手加減しながらすすめ、その結果に満足しています(Stopイベントのフェードに気をつけました)。

音楽理論の専門家の方もいらっしゃると思いますので記しておきますと、ランダムコンテナ用に書いた和音はすべてがEbのキーで、EbMaj、BbMaj6、Gm7、Fm7/Eb、Cm7(sus4)、AbMaj7です。どの和音も比較的曖昧であり、強くて完全な解決や、過度に感情的なメジャーやマイナーの和音(1st、major/minor 3rd、5th)はありません。曖昧であるため各和音が周期的に順不同に、はじまりや終わりがないかのように出入りしながら終始シームレスにループし、気が散ることもありません。

次はメロディックUI要素についてです。操作があった時にだけトリガーされるオーディオ要素です。

『Seashell』のUIオーディオはほとんどの場合、音符(または複数の音符)がトリガーされます。私たちは当然これらのサウンドを書く時に、背景で再生中かもしれない前述の和音に考慮し、和音とUIの音色がぶつかり合うのを避ける必要がありました。再生される頻度の高いサウンド(例えばメニューの新しい選択肢の上で手を停めている時など)は、単調にならないように音色の薄い打楽器的な音としている部分もあります。このような例外を除く大抵のUIオーディオには音程があり、プレイヤーは底を流れるランダムな和音に重ねてメロディーを作曲しているような気分になります。

このゲームのすべてのUIサウンドについて詳しく説明しても退屈するでしょうが、「シェロディ―」の背後にある決まりごとについて少しだけお話します。実はゲームに出てくるすべてのシェル(貝殻)に固有のメロディーがあり、シェロディ―と呼んでいます。シェロディ―は海岸で貝殻を拾った時や、ジャーナルに掲載された貝をクリックして説明を読む時などに再生されます。プレイヤーが貝の見た目だけでなく、拾った時に鳴るわずかな音符からも種類が分かるようになって欲しかったのです。さらに個々のシェロディ―の音符の数でその貝の希少価値が分かるように、ありふれた貝であれば2音のメロディー、珍しい貝であれば3音のメロディーなどにしています。これは珍種の貝殻を探す方のための、とっておきの情報です!

ランダマイズされるシンセパッドの和音と似て、各シェロディもインスタンスを2つずつつくり、ビーチビュー用の木琴のように明るい音色と、ジャーナルビューで該当する貝殻を選んだ時用の柔らかいフェルトピアノの音色を用意しました(もちろんメロディーだけで貝殻の種類が分かるというアイデアを徹底させるために、貝殻に付随する音符自体はどちらも同じです)。それではゲームに出てくるシェロディ―2種類とビーチビューとジャーナルビューの音色の違いを、以下の動画でご覧ください。

最後にご紹介するのは打ち寄せる波音のダイアジェティックアンビエンス。

比較的単純な要素ですが、ほかと同じくらいサウンドスケープにとって重要なレイヤーです。このゲームはダイアジェティックサウンドが非常に少ないのですが、その1つが波の音です(ダイアジェティックとはバーチャル環境の状況が本当であれば発生するであろう音のことです)。リラックスすることの上級者はご存知でしょうが、波の音は休息や癒しの気持ちを育むために昔からスパやマッサージパーラーなどでよく使われています。気持ちの落ち着きをテーマとしたゲームにぴったりのサウンドで、ゲームの舞台がビーチそのものでなかったとしても、私はおそらく波音を利用したと思います。

バックグランドレイヤーをループさせる時、プレイヤーがサウンドのループを意識しないように気をつける必要があります。プレイヤーが音のはじまりや終わりに気づき出すと、没入感が損なわれます。これを回避するためにWwiseのブレンドコンテナで波の複数のレイヤー(異なるループ長さ)を重ねて再生したほか、ブレンドコンテナのPlayイベントにSeekアクションを追加し、Seek値を完全にランダマイズしました(0~100)。その結果シームレスにループする波音が毎回違って聞こえ、ゲームを起動した時は常に違うところからスタートします。

image1

まとめますと、High Tea Frogのチームは安らぎと落ち着きをもたらすゲームを巧みにつくりあげ、私は誠実なエクスペリエンスを提供したいという彼らの姿勢に感服しました。私も彼らの作品を下支えする、同じくらいに気を配った素材を届けることができたと思いますが、Wwiseのさまざまなツールなしでは間違いなく不可能でした。このゲームをまだプレイしていない方は、ぜひ試してみてください。お読みいただきありがとうございました。

レヴィ・ボンド(dBXY Collective所属)

レヴィ・ボンド(dBXY Collective所属)

dBXY Collectiveのディレクター兼創業者。dBXY Collectiveはビデオゲームやその他のメディア向けのオーディオを、思慮深くニュアンスに富んだアプローチで制作することに賛同するサウンドチームです。イギリスのウェスト・ヨークシャーを拠点とし、中心メンバーはディレクター兼サウンドデザイナーのLevi Bond、リードコンポーザーのDavid Robinson、マルチ楽器奏者のBen Rawlesです。2022年現在、『Cake Bash』、『Concept Destruction』、『Chessaria』など、25タイトル以上の音楽やSFXを担当してきました。

https://www.dbxycollective.com

https://dbxy.bandcamp.com/

 @dbxylevi

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