ビデオゲームのサウンドのアーカイブ・パート1 基本編

ゲームオーディオ

ビデオゲーム業界において、サウンドの保存はデリケートな問題です。デモシーンやレトロの熱狂的なファンも、今どきのツールやエンジンで仕事をしているサウンドのプロも(あるいはその両方で、ゲームミュージックの現役コンポーザーであり昔のサウンドに強い興味を持っている方も)、このブログで取り上げるような疑問や問題に、きっと遭遇しています。サウンドの「アーカイブ」作業の意味や目的は、誤解されることが多いので、私はここで、アーカイブとはどういうことかを詳しく見ていきたいと思います。今回は基本的な要点を簡単に説明し、次回はもっと具体的で興味深い例を紹介したいと考えています。

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なぜ記録を取るべきなのか、そしてその方法

「アーカイブ」と聞くと、暗い部屋や引き出しに詰め込まれた、遠い昔の失われた宝物を思い浮かべるかもしれません。アーカイブとは、鍵のかかっていない箱で、だれでも勝手に自分の利益のためにひっくり返して探せるようなものだと、よく思われています。ビデオゲーム業界でアーカイブ作業をする、と言えば、海賊やハッカーの行為のように思われがちです。最近、任天堂カプコン から膨大な量のデータ(歴史的や技術的な情報以外にも、社員や財務に関するデータも含め)が盗まれて流出したという騒ぎがあったときに、一部では、ハッカーの仕事は必要だという意見も出ました。これはまさしく、現場でのアーカイブについてよくある誤解の一つです。アバンダンウェアの位置づけは一般的に非常に複雑で、法的所有者が権利を主張することも、しないこともあります。これが、純粋にアーカイブ作業を目的として、誰も関心を示さなくなったようなゲームを保存しようとする際に、問題となります。このような現状はどれも多少の真実を包括していますが、現実にはほとんどのアーカイブがこれら定義の完全に真逆であり、それには理由が多数あります。

アーカイブすることが、なぜ必要なのか?歴史的な記録と文化的な紹介が、最も一般的な理由です。ただ、企業などが認識している通り、良いアーカイブ習慣はそれ以上に奥が深いのです。また、アーカイブを作成すれば、業務上の現行の慣習や文書が、現在そして将来の事業活動の参考になるというのも、アーカイブ作業の重要な理由の一つです。これはレコードマネジメント(文書管理)と呼ばれるもので、誰にでも影響します。契約書をあなた(またはあなたの雇用者)が見つけることができなければ、その契約は存在しませんし、出版権や特許権も、書類が見つからなければ、存在しないことになります。本や音楽配信は、文書やレコーディングがなければ、無くなります。物事の管理をしっかりすることは、見られたくない人や聞かれたくない人からそれを守る最善の方法です。記録を安全に維持する上で、誰が何をアクセスしていいのか、そしてどこから、いつ、どのような理由でアクセスできるのかを記述することも、レコードマネージャーの多々ある責任の1つです。特に昨今は、遠隔操作でのアクセスやリモートワークのため、重要となっています。

この簡単な概要で最後に取り上げておきたいアーカイブの役割は、おそらく一番見過ごされているメリットで、特にここでフォーカスしたい点ですが、過去の知識が今の仕事の助けになるということです。まるでマイナーな科学的研究の場に限定される役割のように思えるかもしれませんが、実はどこでも、誰にとっても、極めて重要なことです。今、ビデオゲーム業界でレトロゲームが流行っているので、リマスターやリメークや、公式にエミュレートされたポートなどがあり、旧いデータの収集と、解釈と、再利用がホットな話題です。

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サウンドシェイプと、サウンドスケープ なぜ音のアーカイブが難しいのか

ゲームやサウンドのアーカイブについて興味を持っている方であれば、これまでのアーカイブ活動や紛失について悲惨な話を耳にしたことがあるかもしれません。ゲームやゲームサウンドトラックが、技術や著作権の問題で店頭から姿を消したとか、コンソール間の互換性があまりにも乏しくてリマスターや移行が失敗してしまったとか、「もう何もうまく動かないから、音の空間化システムと、フィルターシステムを、一週間でつくり直さなきゃいけない!」とか。サウンド喪失の原因は様々ですが、ほとんどの場合、それは保存された作品の品質ではなく保存フォーマットの問題です。

ゲームサウンドのアーカイブの中身は色々とありますが、一番分かりやすいのがオーディオ関係で、例えばサウンドトラック(CD形式、デスクトップ上のファイル、ストリーミングサービスなど)があります。コンポーザーともなると、サウンドアーカイブの内容がもう少し具体的です。例えば、デジタルオーディオワークステーション(DAW)から出されたオリジナルファイルを、WAVE、 Vorbis、MP3など、非圧縮や圧縮のファイルフォーマットで保存したものです。さらにもう一歩、音楽やサウンド(そしてゲームのサウンドトラック)の制作過程をさかのぼってみると、アーカイブ対象としてMIDIファイル、サウンドバンク、サウンドカード、シンセサイザー、ソフトウェア、プラグイン、さらにレコーディングセッション用に書かれた昔ながらの楽譜だって考えられます。

音のアーカイブは、その定義上、かなり複雑ですが、音の物理的な特性をキャプチャーして再現するのが容易ではないからです。絵画が一目で何かを理解できる視覚的な表現であるとすれば、CDや楽譜や、楽器さえも、その魅力があらわになるには何らかの技術的なやり取りや知識が必要です。音もゲームと同じくプレイしなければ印象に残らず、この点、両者とも瞬間的なアートとして共通の問題があり、複雑な技術や技能のオブジェクト、感覚、感情などに紐づいていると言えます。フォーマットによっては、安定していないため適切にアーカイブできないこともあります。それ自体、または読み込むソフトが、時間の経過とともに変容し、旧いファイルの聞こえ方が変わってしまったり、読み込み不可能となってしまったりします。ファイルが破損したり、機器が壊れたり、時間が経てば部品のスペアが入手困難になったりするかもしれません。音づくりのお気に入りの手段がゲームボーイであれ、PC-88であれ、ヤマハDX7であれ、エミュレーション利用では求めているような精密な結果が出ることは滅多にないことを、ご存知かもしれません。また、どこかの時点で実際の機器を手にしたことがなければ、技術的な問題を簡単に通り過ぎてしまう(そして忘れてしまう)ことがあるのも、分かると思います。

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さらに、ゲームのサウンドをアーカイブするときは追加のレイヤがあり、音楽やサウンドエフェクトを独立した素材として保存するのは最初の一歩です。歴史的、あるいは専門的な観点からとらえるには、それらがゲームの中でどう作用するのかの記録が必要で、理由はいくつかあります。制作の過程が永遠の試行錯誤の連続であれば、最終製品のサウンドが制作者の力の及ばないことになることが、よくあります。プロシージャルミュージックは別として(これは全く別の世界となります)、ゲームに使われるのは、ダイナミックミュージックの複数のレイヤだったり、ステムだったり、ライブフィルターだったりしますが、これらはプレイヤーの動きに基づいて展開していき、ゲームの環境そのものに影響されることもあります。ゲームのサウンドが、コンポーザーが作業現場で耳にした音とかなり違う場合もあります。当然、制作過程で起きたことを完全に理解するには、ゲームのサウンドに結び付いているゲームエンジンや、コードのレイヤを、無視することはできません。

古いサウンドトラックを分析するためにゲームサウンドの歴史を掘り下げていくと、必ず出てくるのが「なぜ?」という疑問です。ファイルがこうやって整理されているのは、なぜ?このリッピングしたMP3の音をゲームの外で聞くとヘンなのは、なぜ?これを作曲したときにコンポーザーは何を考えていたのか?どのような試練を乗り越えて最終的な結果にたどり着いたのか?関係者に話を聞いても、このような疑問への答えは出てこないことが多いです。結局、体験談はある意味で「解釈」となってしまい、そこに真実が含まれているものの、本当にどのような作業を伴ったのかを知ることはできません。それが、もしかしたら、将来のあなたの仕事になるかもしれません。今の現役コンポーザー、サウンドデザイナー、ゲームオーディオプログラマー達の仕事内容と手順も、ある日、失われるかもしれません。今、当たり前のようにプロたちが使いこなす現行のコツや技が、十年もしないうちに完全に失われることだってあります。この連載のパート2では、とてもシンプルだったはずの私の研究プロジェクトが、進むうちに謎が深まり、答えになかなかたどり着けなかった、という経験を紹介します。次回は、私たちが『Conker’s Bad Fur Day』(レア、2001年)の一つのMP3の歴史を、重要な情報が1つ欠けていたために、全くのナンセンスに書き換えてしまいそうになった話です。

ファニー・ルビヤール(Fanny REBILLARD)

ファニー・ルビヤール(Fanny REBILLARD)

音楽学とデジタルアーカイビングの修士号を持つ。フランスでゲームのサウンドやアーカイビングに関する記事を定期的に発信(Gamekult.com、Canard PC Hardware、Game Music Magazineなど)。業界を内部から探り、執筆活動のかたわら、モントリオールでローカリゼーションQAテスターとして働く。2021年3月に出版される初の書籍は、『ゼルダの伝説』の音楽について。

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