『Spacefolk City』の音楽

ゲームオーディオ / VRエクスペリエンス

ゲームの紹介

『Spacefolk City』はVRプラットフォーム向けにゼロから構築された、気軽にプレイできる風変わりでおかしな都市建設ゲームです。プレイヤーはSpacefolkの一風変わった住民たちと協力して宇宙に浮かぶ小さな都市を建設します。そして住民たちを元気づけ生産性を保ちながら、太陽が超新星になるという災難から助けるミッションがあります。

従来の平面的な都市建設ゲームと異なり『Spacefolk City』の都市は浮遊する建物群であり、そこをSpacefolk(宇宙の民)が歩き回ります。3D空間で家やビルをおかしな向きに自由に建設していくことをプレイヤーに促すしくみのゲームです。従来の都市建設ゲームよりも個々のSpacefolk住民へのフォーカスが大きいため、都市の規模が比較的小さくこじんまりしています。

私はコラボレーターのビンセント・ディアマンテ(Vincent Diamante)と協力してゲームの中のラジオ局Spacefolk FMで流す22曲のサウンドトラックを作成しました。ほかにもSpacefolk語と、現実や合成のサウンドエフェクトの独自ベッドも制作しました。これらはすべてAudiokineticのWwiseで組み立て実装しました。

音楽を最優先に

Moon Modeの私のチームは音楽の重要性やゲーム体験全体に音楽が与える心理的なインパクトを真に理解しているメンバーばかりです。私たちはプロジェクトに着手した時点から音楽的な美学について話しはじめ、これからも常にそうするつもりです。

釈迦に説法ですが、コンセプトアートフェーズの最初からオーディオデザイン、特にミュージックデザインを検討することは多数のメリットがあります。音楽制作者とコンセプトアーティストの健全な協力体制を確立することで、豊かできめ細やかで直観的な「クリエイティブコンパス」なるものが定義され、音とアートとゲームプレイがシームレスに統合されます。反対に音楽を制作の最終段階に後回しした場合は、オーディオがゲームデザインに影響を与えることができなくなるためおすすめできません。

また、音楽に対する洗練された多様な見解を持つ共同制作者たちがいることも非常にありがたいことです。私はチーフアーティスト兼クリエイティブディレクターのテレーズ・ピエロ―(Therése Pierrau)と8年近く一緒に働いていますが、彼女との音楽の話はいつでも楽しいです。彼女の見解は純粋に感情的であるとはいえ、音楽を幅広く理解しています。テレーズの音楽に対する反応を見ていると、音楽を選択する上での技術的側面に気を取られて音楽がリスナーに与える感情的な影響を見落としてはいけない、としばしば痛感します。

ただし考慮しなくてはならない重要な技術的要件が1つありました。それはOculus Questに内蔵された小型スピーカーで良いサウンドとなるように簡単にミックスできる音楽を選ぶことでした。イヤホンジャックがありますが、内蔵スピーカーが大変便利でQuestのコードレスでフリーな魅力の中核をなしています。小型スピーカーにぴったりとフィットする音のように聞こえる音楽が必要でした。

デザインの方向性

ビジュアル面では楽しくて元気がよく多様性に富み、少しだけ滑稽な世界をつくり出すことが目標でした。ピザ、ホットドッグ、レモン、本、砂の入ったバケツなど、ちょっと馬鹿げたものをメインキャラクターにする予定でした。そこで音楽もピザ頭の宇宙住民に負けず劣らずの風変わりで馴染みのあるものが必要でした。ファンキーなB級SF映画的なイメージも雰囲気を引き立ててくれると思いました。

私たちはまず70年代終わりから80年代はじめの音楽からスタートすることに決めました。この時代はジャズフュージョン、プログレッシブロック、ディスコのようなジャンル同士が非常におもしろい衝突を起こしていただけでなく、手軽に入手できるシンセサイザー技術が登場し、ハウスミュージックやニューウェーブの出現へとつながりました。私は日本のエレクトロニカバンドYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)の1979年のアルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』をテレーズに推薦しました。これこそ私たちが定義した条件をうまくまとめて表現していると感じたのです。テレーズもすぐにそのエキセントリックなトーン、「キャンプ」なフューチャリズム、そしてユーモアのあるセンスをこの音楽から感じ取りました。

SFC_solidstatesurvivor

彼らが活躍した時代は小型スピーカーによる音楽の再生技術の課題に取り組んだ時期でもあります。FMトランジスタラジオや1979年のソニーのウォークマンの出現で音楽の携帯性が増し、小型スピーカーでも高い音質を出せるミックスが発展しはじめました。近接マイクを利用してタイトで無駄を省いた当時のサウンドはOculus Questの音楽再生にぴったりです。

音楽の制作

ガイドラインを決めた後に、私は古くからのゲームオーディオ仲間であるビンセント・ディアマンテ(Vincent Diamante)に連絡しました。ビンセントはジャパニーズポップの草創期やゲーム音楽開発に与えた影響について詳しいので、私たちの方向性の本質を理解してくれる自信がありました。予想通り彼は『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』のすべてを知り尽くしていて、私たちはサウンドトラックの基本的なガイドラインとすることにしました。このアルバムを出発点とし、発展していくゲームの芸術スタイルに合わせてゲームの価値観に従い自由に拡張させようと考えました。

サウンドトラックの制作プロセスが終わるまでに2人で合わせて22曲を完成させました。予想通り私たちの着地点は『ソリッド・ステート・サヴァイヴァー』から若干離れたところとなり、アシッドテクノ、イタロディスコ、ジャズフュージョンなどのほか、当時のほかのスタイルのこっけいなパロディー版もいくつか加わり、どれもYMOを特段思い起こさせるものではありません。これは問題ではなく、非現実的で奇抜なゲームのビジュアルと合わせるとちょうどよい具合の多様性でした。

ラジオの再生システム

SFC_radiostructure1

ビンセントは音楽以外にも、ラジオで単純にクールな曲を揃えるだけでなくFMラジオ局独得の雰囲気に強いこだわりを示しました。ラジオ局の名前については色々と話し合ったあげく、「Spacefolk FM」に落ち着きました。最初は「Radio Gamma-Ray(ラジオガンマ線)」や「Lightspeed Radio(音速で届ける・・・ライトスピードラジオ!)」などが候補でした。ビンセントは短い15秒以下のミュージックスティンガーをつくったほか、自分がハイテンションDJになりきり局名をアナウンスする声を収録しました。(「Spacefolk FMで君の耳に火をつけよう!」というセリフで。)

DJのボイスオーバー(VO)だけの局名告知や、音楽付きVOの華やかなジングルなどがそろってくると、局名の提供方法の仕組みを工夫してプレイヤーにFMラジオの雰囲気を味わってもらえることに気づきました。番組の中身(音楽)と局名告知が交互に再生される長いミュージックプレイリストのシーケンスなどは分かりやすく、簡単に用意できできました。ただし実際のラジオ放送では局名告知をさまざまな形式(音楽付き、音楽なし)で流し、タイミングも入れ替え、番組で放送する曲の最初や最後に重ねながら放送する曲やすでに終わった曲を認識することが頻繁にあります。そこで曲とジングルがぴったりとはまるようなクリエイティブなエグジットキューの使い方を導入し、単純で意外な解決策を編み出しました。

SFC_radiostructure2

(音声のみの局名告知の例:音声が聞こえる2秒前に赤のエグジットキューがある)

1つのミュージックトラックが終わりに近づき歌がもうすぐ終わるという時に、フェードアウトの途中でエグジットキューが入り、ラジオのプレイリストの次のトラックがはじまります。それは音楽と音声のフルバージョン局名告知ジングルかもしれませんし、音声のみのミュージックセグメントかもしれません。上図の通り、実際にDJの局名告知の音声がはじまるのはエグジットキューからしばらく経ってからのため、DJの声が聞こえるのはプレイリストで次のミュージックトラック(番組用素材の歌)がトリガーされ再生されはじめた数秒後になります。局名告知のタイミングが変化し、告知レコーディングも何種類かあるため、説得力のあるFMラジオ局の雰囲気を出せます。

LOUDNESS ボタン

LOUDNESS(ラウドネス)と表示されたスイッチは昔の再生システムに必ずあった懐かしい機能です。子供の頃、ラウドネスボタンを押すとベースやトレブルが追加されて音が著しく改善されたように感じ、面白いなあとよく思いました。なぜわざわざHiFiシステムにこのボタンがあるのかが分からず、つけっぱなしにすればよいのにと不思議でした。ラウドネスをオフにした時の角々したか細い音を好む人なんているのだろうかと疑問でした。(若さゆえの無邪気さです!)

私たちのゲーム内ラジオには、常にオンにすることを前提としたラウドネスボタンが絶対に必要でした。オフにしてしまうと急に小さなトランジスタラジオのスピーカーほどまで音が小さくなってしまい、それこそ「いったい何のためにあるの?」と思われてしまいます。

これを実現する方法がWwiseにいくつかありますが、私はラジオ関連の要素の入ったマスターコンテナのステートの切り替えに、オンやオフにするイベントを紐づけることにしました。

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これで基幹機能が完成です!

宇宙空間の音

最後に、この素晴らしいサウンドトラックをプレイヤーが消してしまう恐れがあるという現実に、私たちは向き合わなければなりませんでした

宇宙空間の音という矛盾のある話し合いをビンセントと楽しみ、確かに宇宙にも何らかの環境音が必要で、コントラストを効かせるためやや暗く重苦しくすべきだという結論にいたりました。手はじめにフィルターを適用したピンクノイズと非常にひかえめな振動のサインスイープという2つの要素から成るアンビエンスループをつくることにしました。

ピンクノイズはサイドチャンネルにベース音が充分に入ることを確認しました。ヘッドフォンで聞いたときに重いアウト・オブ・フェーズエフェクトが得られ、重さと音圧が追加されます。実際にアウト・オブ・フェーズのノイズを使用して非常に不愉快に感じるウェイトで試してみましたが、シミュレーター酔いやVR酔いにつながる可能性があったためやめました。その可能性は低いものの、Moon Modeではユーザの快適性を最優先しているため断念しました。

実はサインスイープのアイデアは『スター・ウォーズ:新たなる希望』のデス・スターの屋内の環境音からヒントを得たものです。デス・スターの静かなシーンで耳をすますと建物内で反響する風の人工的な音のように、上下にゆっくりと振動するサイン波がバックグラウンドで聞こえます。静的で人工的なアンビエンスベッドに動的な動きを追加してくれる、なんと素晴らしくシンプルな方法なのかと私は以前から感心していました。

アンビエンス音とラジオの電源ボタンをつなげながら、私は別のアイデアを思いつきました。ラジオは電源が切れても再生が一時停止することなくミュートされるだけだと考えることができます。つまりラジオのスイッチを再びオンにした時に、放送内容は先にすすんでいるはずです。ここで音楽が単にミュートとなるのではなく、音楽からの距離が極端に離れたように聞こえ続け、まるで電波が真空空間を通してかすかに聞こえてくるようにしてはどうだろうかと考えました(なんとも科学的です)。

これを実現するために私はラジオのコンテナにwet率100%のWwise RoomVerbを設定しました。ラジオがオンの時はステートの設定でバイパスし、音楽は直接聞こえます。逆にラジオがオフの時はこのリバーブがウェット率100%で聞こえるため、音楽がまるで宇宙のはるかかなたからかすかに聞こえてくるような印象となります。 非常に微妙なエフェクトなので実際に気付いたプレイヤーはほとんどいない(または皆無である)気がしますが、ちょっとした面白い特徴なので注意深いプレイヤーであれば発見した時に喜んでくれるかもしれません。

SFC_spaceambience

こちらがラジオのラウドネス機能と、宇宙空間の音響のデモです。

まとめ

完成したサウンドトラックをお聴きになりたい方は、各種ストリーミングプラットフォームでアクセスできます。ぜひお聴きください!

SoundCloud

BandCamp

その他のストリーミングプラットフォームのリンク、トレーラー、ゲームのリンクは私たちの LinkTree にあります。

ビンセントと私は最近Wwise Up On Airに招待されてダミアン・キャストバウアー(Damian Kastbauer)氏に『Spacefolk City』の成果について話す機会がありましたが、今回のサウンドエフェクトの実装についてご興味のある方はぜひご覧ください。こちら よりアクセスしてください。

アレックス・メイ(Alex May)

アレックス・メイ(Alex May)

Moon Modeのディレクター兼共同設立者で、スウェーデンのストックホルムを拠点する。多様なキャリアをもち、日本、オーストラリア、スウェーデンなどで複数の業界に携わる。1996年からゲームオーディオを制作しており、プロデューサーとしてコンシューマおよびアーケードVRエクスペリエンスの両方で5つの商用タイトルをリリース。

 @protracker

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