『Wylde Flowers』のインタラクティブミュージック

ゲームオーディオ / インタラクティブミュージック

『Wylde Flowers』は2022年にAppleがiOS端末、Mac、Apple TV向けにApple Arcadeでパブリッシュした完全新規IPで、2022年9月時点でNintendo Switch、そしてSteamでPC向けに発売されています。これは農業、魔法、コミュニティ、人間関係などをテーマとした温かみのあるゲームで、オーストラリアのメルボルンに拠点を置く新しいリモート・スタジオ、Studio Drydockによって開発されました。

私はオーディオディレクター兼コンポーザーを務めましたが、最初にプロジェクトのニーズを分析し、ミドルウェアソリューションとしてWwiseを選びました。ゲーム内で音楽がどのように動くのかを私が設計・実装し、作曲や制作もすべて担当しました。このブログ記事で音楽がゲームの中でどのように作用し、Wwiseのインタラクティブミュージック機能がどのように活用されたのかを紹介したいと思います。

まずはじめにゲームプレイのスタイルを簡単に説明します。『Wylde Flowers』はクエスト型のナラティブゲームです。プレイヤーキャラクターのターラ・ワイルドは年老いたおばあちゃんの農場を手伝うため、海沿いの小さな町フェアヘヴンに引っ越してきます。ストーリーのキャラクターたちとやりとりをしながら、少しずつ農業や魔法について学びます。しっかりとしたストーリーの流れがある、フルボイスのゲームです。ゲームプレイは1週間の曜日を追ってすすみ、ターラは毎朝起き、クエストを続け、午前2時頃までには就寝します。

ゲームの音楽は以下3つのシステムに分かれています。Wwise内で異なる機能を発揮する各システムを、ここで順番に説明します。 

  1. ナラティブミュージック 
  2. ダイジェティックミュージック 
  3. シーンミュージック 

 

ナラティブミュージック 

ナラティブミュージックは、ゲーム全体の物語に関連するさまざまなミュージックキューをまとめたものです。ストーリーの重要な場面や主要なキャラクターたちにはそれぞれ独自のテーマがあり、ゲーム中のさまざまなポイントでトリガーされます。私はクリエイティブディレクターやナラティブ担当のチームが決めた重要なコンセプトや物語の場面に対してデモを作成し、それを彼らに見せて意見を聞いたり承認を受けたりしました。WwiseでステートグループNarrativeを設定し、各ナラティブテーマを1つのステートにアサインしました。このステートグループをWwiseのインタラクティブミュージックシステムで使い、ゲームのストーリーから生まれるクエストやカットシーンをきっかけに、いつでもセットできるようにしました。「game mode(ゲームモード)」というステートグループも、ミュージックシステム内に設定しました。ここに「default(デフォルト)」、「conversation(会話)」、「cutscene(カットシーン)」、「fishing(釣り)」というステートを入れました(釣りについては後ほど詳しく説明します)。「default」モードではストーリーのその時のメインテーマがフルボリュームで再生されます。プレイヤーがほかのキャラクターと会話をする時は「conversation」ステートとなり、音楽はシームレスにアンダースコアのアレンジへとクロスフェードします。アンダースコアのアレンジは「cutscene」ステートにおいてもトリガーされますが(典型的なカットシーンでは台詞の数が多いため)、カットシーン中に部分的に音楽をフルバージョンの音量に戻したい時は、ステートを「default」に戻すイベントを、カットシーンのタイムライン上で必要に応じて手作業で配置しました。

ナラティブミュージックはすべて本物のオーケストラの演奏で、弦楽器、木管楽器、ホルン、ハープ、リズムセクションで構成されています。牧歌的で穏やかな音楽が多く、トランペットやトロンボーンといった伝統的な金管楽器が楽譜に一切入っていません。弦楽器とリズムセクションを一緒にレコーディングし、その上から木管楽器やホルンをオーバーダビングしました。ステムにミックスすることで、結果的に弦楽器とリズムセクションだけで構成されるようなテーマ音楽のライトバージョンができ、キューから得られるバリエーションが増えました。限られた長さのオーケストラ音楽を約40~60時間のゲームに広げたいと思い、ステムを自由に出し入れしてバリエーションを増やすことができ、大変効果的でした。 

ナラティブミュージック:アンダースコアとフルボリューム

ナラティブミュージック:カットシーン

 

ダイジェティックミュージック 

ターラがフェアヘヴンを散策すると、パブやダイナーなどの建物から音楽が聞こえてきます。これらのミュージックソースを位置の決まったモノラルエミッターとして建物の中に配置し、Wwiseのインタラクティブミュージックシステム外に設定しました。ランダマイズ設定のプレイリストのトラックから音楽を再生し、このプレイリストコンテナのボリュームと「time of day(時間帯)」のRTPCを接続し、建物の開店時間と合わせて再生しています。お店や建物が開いていない曜日もあるため、「day of week(曜日)」ステートグループとミュージックソースも繋がっています。

ターラが建物の外にいる時は、オクルージョン効果をシミュレーションするためにミュージックソースにローパスフィルターを適用し、適度にこもった音にして音楽が中から漏れてくるような演出をしています。建物の中に入ると、フィルターが外されます。とても単純なエフェクトですが、フェアヘヴンの動的なアンビエント環境をつくり出す上で非常に効果的です。 

ダイジェティックミュージック

 

シーンミュージック 

インタラクティブ性、ランダム性、ゲームステートやリアルタイムパラメータとの繋がりなどの観点で、シーンミュージックは音楽の中で最も複雑です。シーンミュージックはターラが毎日の作業を行う時にバックで流れ、ナラティブミュージックが再生されていない時の音楽です。(シーンミュージックもダイジェティックミュージックのように、物語で重要なテーマや場面を伝えるナラティブミュージックより優先度が低いため、ナラティブミュージックのキューがあるとオーバーライドされます。)

シーンミュージックを左右する要素としてあるのが、季節、場所、時間帯、天候、ゲームモードです。シーンミュージックの階層の頂点に季節があります。春夏秋冬のどの季節であるかによって、シーンミュージックのキー、テンポ、コード進行、そして全体的な構成が決まります。ターラが毎朝目を覚ますと、季節に応じて朝用のスティンガー、つまり新たな1日のはじまりを示すアクセント的な短い音楽が流れます。その後にシーンミュージックの再生がはじまります。ターラは決まって農場で目を覚ますため、朝1番に聴こえるのが農場ミュージックです。続いてターラが別のエリア、つまり別のシーンに移動すると、そのシーン専用の音楽バリエーションへと音楽も遷移し(シーン別のバリエーションは、それぞれ独自のMusic Playlist Containerに入っています)、この時にWwiseの「same time as playing segment(再生中と同じタイム)」ルールが使われます。つまり新しいミュージックバリエーションがはじまった後も、その前の農場ミュージックと同じ構成やハーモニックプログレッションが続き、楽器のアレンジだけが変わります。

ステートグループSceneには以下のステートが入っています:
Farm(農場)
Mountain(山)
Beach / Rural(海辺または田舎)
Forest(森)
Ravenwood (magical village) (魔法の村レーヴンウッド)
Town(街中)

1つの例外を除き各エリアに独自の楽曲が設定されており、どの楽曲も同じ全体的なハーモニックプログレッションですすむため、次のエリアへ移行する時はミュージックシステムもスムーズに遷移します。例外が「Town」です。ターラが街中に入るとシーンミュージックが消え、街の音楽的なアンビエンスはダイジェティックミュージックの説明で述べた通り、建物から流れてくるダイジェティックミュージックに置き換わります。

さらにどのシーンの音楽も「time of day」のRTPCに反応します。例えば農場の朝は明るい木管楽器のアクセントが聞こえ、アコースティックギターの安定したフィンガーピッキングのモチーフが、活力と動きを表現します。1日がすすむにつれ、音の高い木管楽器は徐々にリラックスしたアレンジのホルンと低い木管楽器に変わり、ゆったりとしたギターの響きが午後の時間を知らせます。夜になると音楽はさらに穏やかになり、1日を通して変化した光、鳥のさえずり、音響、アンビエンス、天候などの変化が反映されます。森の朝も同じように、ハープのアルペッジョ、やわらかなコーラス、弦楽器のピチカートなどで表現されます。夜に弦楽器のトレモロが謎と興奮を表現するのは(ネタバレ注意)、森で毎晩魔女たちの集まりがあるからです。これを実現するために音楽をステムにミックスし、ステムをMusic Segment Editorのトラックに置きました。トラックのボリュームは「hour of day」のRTPCに接続し、ボリュームは時間帯によって必要に応じてフェードイン、フェードアウトします。

時間帯に応じて変化するシーンミュージック

音楽のアレンジにバリエーションを出すため、シーンミュージックシステムのいたるところで「Random-Step」サブトラックを利用しました。場合によってステム全体にランダムサブトラックを設定し、バリエーションを増やしたりステムをミュートさせたりしましたが、ランダマイズしたサブトラックを特定のセクションだけに含めることが多かったです。特定セクションをランダマイズした例として、朝のアクセント的な木管楽器、午後のホルンのメロディ、夕方の低音の木管楽器、ギターのピッキングのパターンなどがあります。ステムのランダマイズと特定セクションのランダマイズを組み合わせ、場所や時間によってステムの再生全体を操作することで、シーンミュージックが通常のゲームプレイに動的なアンビエント音楽を提供します。

プレイヤーがほかのなキャラクターと会話をする時、いくつかのステムをミュートまたは減衰させることで音楽アレンジをさらに抑えます。フィルターを適用する場合もあります。音楽がダイアログを邪魔しないように、目立たずにそっと音楽を抑えるテクニックです。 

 

フィッシングミュージック 

ターラがロッドをキャスティングすると、シーンミュージックがフィッシングミュージックに切り替わります。フィッシングミュージックとは、ターラのテーマ音楽を優しくアレンジしたもので、魚がかかるのをターラが辛抱強く待つ間に流れます(電子ピアノまたはスチールギターの演奏が多いです)。ランダムサブトラックを活用し、楽器ごとにランダマイズされた複数のパートから1つ選ぶことで、繰り返し避けます。釣りを終えるとゲームモードのステートは「デフォルト」に戻り、フィッシング音楽はひと区切りしてからトランジションして元に戻り、シーンミュージックの「last exit position(最後に終わった位置)」に同期します。季節ごとのキーやテンポに合うように、フィッシングミュージックも季節によって変わります。魚が釣れると、Wwiseのスティンガーシステムで音楽スティンガーが流れます。 

シーンミュージックのトランジションとフィッシングミュージック

 

感想とあったらいいなと思う機能 

Wwiseのインタラクティブミュージック機能をこのプロジェクトで使用できたことは、総じて良い経験でした。ただし私が設定したミュージックオーサリングの手順では、どうしてもシーンミュージックでできないことがありました。「シーン」別にMusic Playlist Containerを設定し、プレイリストからプレイリストへと音楽がトランジションするようにしました(例えば「農場・秋」ミュージックプレイリストが「森・秋」ミュージックプレイリストに変わります)。この時のトランジションルールに「same time as playing segment」を使い、ハーモニックプログレッションが続くようにしました。私はMusic Playlist Editorの「random step」機能を使い、各プレイリストのミュージックセグメントがランダムに選択されるようにしたいと思いました。各プレイリストに長さが同じ複数のランダマイズされたセグメントを入れるという考えです。ところがプレイリストでランダマイズ再生を設定したところ、別のプレイリストにトランジションした際、最初のプレイリストの経過時間を保持したまま次のプレイリストに遷移することができず、音楽の全体的な構造がプレイリスト間で失われてしまいました。ミュージックセグメントのグループ同士で固有のトランジションルールの設定を試みましたが、すぐにややこしくなってしまい、現実的な方法ではありませんでした。

『Wylde Flowers』のミュージックオーサリングの私の経験談がお役に立てば幸いです。

ジョン・グスコット

コンポーザー、サウンドデザイナー、オーディオディレクター

ジョン・グスコット

コンポーザー、サウンドデザイナー、オーディオディレクター

オーストラリアのメルボルン在住。コンポーザー、サウンドデザイナー、オーディオディレクター。2000年代初頭よりゲームオーディオ制作に携わり、現在はさまざまなコンソール、モバイル、VR向けタイトルで多彩なスキルと経験を発揮しています。

johnguscottaudio.com/

instagram.com/johnguscottaudio

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