VR Regattaのサウンドデザイン - サウンドがもたらす没入感と状況把握

サウンドデザイン / VRエクスペリエンス

VRは今年の流行り。誰もがそう言います。VRは確かに興味深い新テクノロジーで、ここから生み出せる体験の可能性を、私達は探り始めたばかりだと思います。すでに私自身も、非常に優れたVR体験をして、テーマさえ適していればVRは驚くほど没入感が深く、楽しめる技術だと感じています。とはいえ、テクノロジー自体も、コンテンツに対する我々のクリエイティブアプローチも、成長の余地が充分にあると思います。VRを使っただけでプロジェクトが良くなるわけではありません。この新たなテクノロジーを最大限に活かすのに、かなりのデザイン能力と実装技術が必要です。

私がVRに惹きつけられるのはまさしく、自分の考え方を改めて、デザインの課題に違った切り口からアプローチせざるを得ないからです。

だからこそ、VR Regattaという小さなインディーズゲームで協力を求められたときに、このプロジェクトの何が特別なのかを理解して、エクスペリエンスを最高にするためにオーディオに何が求められているのかを見極めようと思ったのです。

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シンプルだがエレガントなコンセプトこそ、VR Regatta楽しく熱中できるゲームにする 

VR Regattaはセーリングゲームです。その名の通りの内容ですが、プレイし始めた瞬間から、比較的シンプルなコンセプトが、VRでこれほど熱中できる楽しいゲームになるのか、と驚きました。最初はコントローラの1つでティラー(ラダー)を、もう1つで帆のテンションをロープとプーリーでコントロールする、小さな1人乗りボートから始めました。2つのコントローラを操作することで、ボートを思い通りに動かせます。ヨットでセーリングするのは生まれて初めてでしたが、このゲームは大変おもしろくて、意外にも没入感がありました。セーリング中に、自分のポジションはほとんど変わりません。小さいボートの中で体をそらしたりかがめたり、腕を動かしたりできますが、基本的には自分は動きません。これが40フィートのヨットになると、セーリング中にボートの違う場所にテレポートして移動できます。

音の観点からいうと、どちらのボートも操縦動作の特徴的な音はありますが、基本的にゲームプレイ中のオーディオは全て、風と水の組み合わせで成立していました。このゲームのオーディオは一見、ループ素材をかき集めれば、音的に主要な2つの要素の制作が、晴れた日の午後にでも一気に済んでしまいそうな感じがします。しかし、プロジェクトにVRを採用したことで、オーディオの効果はぐっと広がり、ステレオアンビエンスをいくつか入れて終わりにするだけよりも、かなり存在感が高くなっています。Wwiseがオーディオシステムの作成に主要な役割を果たしたおかげで、VR Regattaの没入感を高めるだけでなく、音でプレイヤーをガイドできるようになりました。

私はここ数年、スペーシャルオーディオの研究とプロジェクトデザインを進めてきて、Magic Leap、FacebookのSpatial Audioチーム、そして複数のVRデベロッパなどと仕事をしています。スペーシャルオーディオは、様々な観点で我々もまだ手探り状態です。時には、視聴者がエクスペリエンスに入った時に感じ取る世界観に大きく影響することがあるのを、発見しました。VRの世界に入ったときに、おそらく最初に気付くのが空間の感覚です。私はいつもここから、VRプロジェクトをスタートします。まず、”ワールドトーン”なるものを配置します。一般的に音色は、屋外環境であれば空間の風の存在であったり、屋内環境であれば部屋のハム音、ベースノイズであったりします。採用する具体的なコンテンツは変わっても、プロセスは大体同じです。

ささやく風の音は場合によってはほとんど聞こえない音となりますが、プロジェクトに合ったサウンドコンテンツを選択したため、VR Regattaでは風が全体的に強いレベルです。次に、風のサウンドファイル用にシンプルなサウンドオブジェクトを作成して、ループに設定しました。これで、モノの風のループが1つ完成します。続いて、既存サウンドファイルを編集して、または適したサウンドファイルをほかに3つ用意して、ループする風の音のソースを4つ作成しました。これらが私の、スペーシャルワールドトーンです。

風ループを4つとも同じサウンドイベントに入れて、このイベントをゲームリスナーに紐づけします。この作業はプロジェクト固有の条件に合わせて正しく設定できるようにプログラマーに頼むことが多いのですが、このイベントは一般的にWwiseリスナーと全く同じロケーションで音を出す必要があり、リスナーはほとんどの場合、VRカメラリグに紐づけされています。よく使うイベント名が、Camera_Ambienceです。風ループは4つとも、継続的に再生してループさせています。ただし、私が求めている効果を得られたのは、Wwiseにあるポジションのソースエディタのおかげです。

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Follow Listener Orientationはチェックを入れない

風音はそれぞれ3Dに設定して、減衰は設定していません。Position Sourceコントロールの下にあるFollow Listener Orientationのチェックを外す必要があります。これで、VRヘッドトラッキングが視聴者の頭の動きをトラッキングしても、風ループのオリエンテーションは変わりません。それぞれに設定されたワールドポジションにロックされたままです。Position Editor (3D User-defined) で、4つの風に別々のロケーションを設定して、中央のリスナーポジションの東西南北の4ヶ所に配置しました。これで視聴者のバーチャルな頭の周りに4つの風音が吹くようになり、頭を前後にまわすと、4つの風ソースの聞こえ方が変わるのが分かるはずです。このエフェクトをさらに高めるために、それぞれの方向に距離のオフセットを設定しました。例えば北は5メートルに設定して、南は7、東は4、西は6、といった感じです。これによって、各レイヤで微妙な違いを出せます。さらに差分を強化するには、それぞれの風ソースのアウトプットボリュームも調整します。目的は違いをはっきりさせることです。視聴者が頭を回転させると、自分の立ち位置から聞こえるバーチャルワールドの変化が聞こえるはずで、これがカギなのです。ヘッドローテーションという行為を、控えめにしながら聞き取れる方法で、強調してサポートするのです。

私たちは普通、VR空間に踏み込むとまず頭を左右にまわしたり前後を見たりして、新しい環境に慣れようとします。先ほど設定した空間的なワールドトーンが、現実世界の実体験と同じように引き立ててくれます。頭をまわすと、周りの空気感と自分の関係が移り変わるので、大自然の真っただ中にいるような感じがします。Wwiseのこのテクニックで、現実世界の空間的感触をシミュレーションできます。VR Regattaの場合は、海の音でも似たようなことをしました。視聴者の視界がボート内にロックされているので、海の音でも同様のエフェクトを作成することが可能でした。ボート周りに配置したエミッターが、ボートに打ちつける優しい波音を提供してくれ、視聴者が風と水の両方に取り囲まれているという感覚を強化します。ボートが動き始めたら、移動の感じを高めるために追加音を入れていきます。

セーリング体験には、風のループ音で周りを囲むだけでは明らかに不十分です。VR空間の広がりを感じ取ることができても、風は船を操作する重要な判断材料となります。そこで、Camera_Ambienceという風オブジェクトに、RTPCにコントロールされる複数のステートを設定して、風の強さを必要に応じて増減させています。風速が増加すると、試聴者の周りの風も、やわらかいそよ風から力のある荒れた強風に変化します。さらに、視聴者からみて風が吹いてくるちょうどその場所に、方向性を示す風オブジェクトを追加で配置しました。これで、風が周辺一帯を吹いている中、特定ポイントから方向性を示すソースが聞こえます。頭を前後に動かすと、風が特定の方向から吹いてくるように聞こるはずです。視聴者は風の向きを耳で把握して、適切にかじを取りながらセーリングできます。

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東西南北の4つの風に、風速がそれぞれ3つあり、風速1つに対してRTPCコントローラが2つずつ設定される

開発中に気付いたのは、実際の風の音は、風に対する人間の頭の向きによって、聞こえる音が違うということです。強風に正面から向かうと、耳の横で口笛のように聞こえ、うるさいくらいです。ところが頭の角度を90度だけ横に向けると風は耳に直接吹き込むので、不思議とソフトで静かな音になります。耳の横を通るという動きが、風音を拡大させて、この口笛音を発生させるのです。プロジェクトにパラメータをもう1つ追加して視聴者の頭と風ポジションのソースとの位置関係をトラッキングして、風に正面から向かっているときに音が一番大きくなるようなフィルターを追加しました。頭を90度横に向けるにつれて、風は柔らかくなります。このおかげで視聴者の、正確な風向きを聞き取る能力が向上します。これで、プレイヤーは目で見なくても風の方向に合わせてボートを操縦することが、論理的には可能になりました。

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RTPCコントローラを介して、頭の動きに合わせてDirectional Windの動きが変化する

 

以上に関連して、セーリング中は風に向かって進むときに風の音がかなり強くなることにも気付きました。一方、風に押されて進む場合は、風の音がほとんど聞こえません。そこでまた別のRTPCで風のコントロール設定をいくつか追加して、この現象もシミュレーションしました。合計するとVR Regatta7つのパラメータが、セーリング中に視聴者に聞こえる風の音だけをコントロールしています。セーリングでは風音が全てにおいて重要となります。

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波を切る音は、船首、右舷左舷、船尾ともに、船のスピードとティルトに反応する

ボートが波をきりながら進むときに、ボートに打ちつける波音のアウトプットレベルをほかのパラメータを使ってコントロールしました。ここでもVR空間のため、ボートの前後だけでなく両側にも打ちつける波音を追加することに、意義がありました。ボートを操縦するときにシステムが体の動きを検知するので、体をどちらかに傾ければ、その方向に自分とボートが水面に近づきます。この時点で、ボートの端に水がかかると、一番低い側の流水音の大きさが  大きくなります。ボートの傾きを戻すと、側面の波音が小さくなります。これら全ての要素で、エクスペリエンスに現実味が追加されます。

 

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10種類のRTPCで、風と水の音の再生動作をコントロールする

このように、本質的なエクスペリエンスはかなりシンプルなのに、様々なオーディオ要素をコントロールして、視聴者にとって納得のいく楽しい雰囲気を提供できるまでに、かなり複雑な構造となっているのが明らかです。木々の鳥や、ビーチに打ち寄せる波や、夜中の昆虫達は、このVR空間の魅力を増大させる大事な環境要素ですが、風や水の最高のサウンドを引き出すのに必要な比較的複雑な実装に比べると、簡単な舞台セットといえます。

なお、このプロジェクトでは、Audiokinetic推奨のスペーシャルオーディオソリューション、Auro®-HeadPhones™プラグインを活用したことも付け加えておきます。正直、これについて特にコメントはなく、その理由は単純で、起動も設定も簡単だったし、基本的に、必要な微調整がほとんど、または全くなかったからです。現行のスペーシャルオーディオソリューションの多くが、設定も複雑で機能自体が不安定なことさえあるのを考えると、Auro®-HeadPhones™ プラグインの使い勝手は抜群でした。オーディオでよくあることですが、うまく機能すると目に入らなくなるもので、このプロジェクトでは、使ったスペーシャルプラグインがぴったり合ったのです。サラウンドチャンネル数は、最高のスペーシャル存在感を提供するために最大数に設定したところ、VR Regattaの空間を生き生きとするのに非常に効果的でした。

コンセプトがシンプルでも、単純なサウンドデザインを放り込んでおけば終了、というわけにはいきません。VR Regattaがこれほど楽しくプレイできるのは、シンプルなコンセプトに、開発チームが優れたグラフィックス、直感的なコントロール、そして全体的に磨かれた質の良さを投入して洗練させて、シンプルがゆえに光を放つようなゲームにしたからです。VR Regattaのオーディオは、ゲーム体験を全面的に強化して、視聴者をできるだけ引き込むようにデザインしました。オーディオではよくあることですが、私達が優れた仕事をすると視聴者のほとんどはそれに気付かずに済んでしまいますが、私たちの努力があってこそ、VR空間に生命が吹き込まれて、つくり出される体験も格段と楽しくなるのです。

 

 

ステファン・シュッツ(STEPHAN SCHÜTZE)

スペーシャルオーディオのプロデューサー兼コンサルタント

サウンドライブラリ案内人(Sound Librarian)

ステファン・シュッツ(STEPHAN SCHÜTZE)

スペーシャルオーディオのプロデューサー兼コンサルタント

サウンドライブラリ案内人(Sound Librarian)

ステファン・シュッツはゲームオーディオ制作に20年近く携わってきたコンポーザー、サウンドデザイナー、ロケーションレコーダー、そしてスペーシャルオーディオの実践者。仕事で幅広く多様なオーディオプロダクションスキルを身に付け、New Realityテクノロジーの主要企業と制作に携わったことをきっかけに、今まさに進化中のこのテクノロジーを使ったオーディオプロダクションテクニックに関する最初の本を著す。

 @stephanschutze

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